グレートラのくぅ,シャムMixのしぃ,アメショMixのりん,ハチワレ三毛の杏とすごすまったりとした日々。
告白。
先日「旅猫リポート」を紹介した時にayakoさんから教えてもらった本をやっと図書館で借りる事が
できました。

草思社発行  穴澤 賢:文  竹脇麻衣:絵

「明日もいっしょにおきようね」 捨て猫、でかおのはなし

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お昼休みに、急いで借りに行って、そのままお弁当を食べる前に読んでしまいました。
職場だったので、なんとか泣かずにすんだけど。家に帰って娘①に読ませたら泣いてました。。。

…読み終えた後、何だか切なくて、胸につかえるモノが。

でかおは助かって良かったけど、他にいっぱい処分されてる犬や猫がいるって事。
絵本なので、子供にも読んであげるといいなと思います。

忘れないように何度でも繰り返して。。。
先日、昔飼っていた犬たちの事を紹介しましたが、最後に飼っていた「しろちゃん」は8匹兄妹でした。
母犬(お茶々と呼んでました)は最初、近所に住んでいる父の上司が飼っていたのですが、
暫く家を留守にするからと、うちで預かる事になりました。
お茶々はもともと野良犬だったので、繋ぐと抵抗するので首輪だけつけて放し飼いにしてました。
賢い犬で、うちと上司の家を行き来していました。うちが飼い主ではないとわかっていたのでしょう。

当時、避妊や去勢もしていない放し飼いの犬が町内や隣の家にもいて、お茶々は妊娠しました。
(その頃には上司も飼う気がなくなったみたいで、飼い主がいない状態になってしまいました。)
そして、隣の家の軒下で8匹出産しました。

お隣さんが処理に困っていたので、生まれた子犬を私は全部自分の家に持ち帰ってしまいました。
お茶々は母性が強く、それからはうちでつきっきりで子犬を育てましたが、段々大きくなるとエサが
必要になってきました。
中学生だった私は小遣いもない(ぷーの返済の為)ので、親もできるだけエサを与えてはくれてたけど、
8匹を育てるには限度がありました。

2ヶ月経った頃、子犬の里親譲渡会の日程が一ヶ月以上も先だと知り、そんな先までは育てられない…

それでだした結論は「保健所に連れて行く」でした。

しろちゃんをうちに、あと1匹雄犬を里親会まで育てる事を決めて、後の6匹を連れて行きました。
保健所に着くと、ここがどういう所がすぐわかりました。オリの中の犬たちの悲しい目。
でももう引き返す事はできません。
銀色のオリの中に震えながら入れられた子犬たちを、私は今でも忘れる事ができません。

この時、私は自分のした中途半端な優しさはとんでもない罪なんだと思い知らされました。
「面倒を見るなら最後まで見る。」それ以来、野良犬や子犬を見ても連れて帰ったりはしませんでした。

もう1匹の犬は里親会ですぐに里親が決まりました。そしてしろちゃんはうちで暮らしました。

(お茶々は近所の方にご飯をもらったりして、時々しろちゃんの所に遊びに来ていましたが、そのうち
また赤ちゃんを産みました。
そしてその後姿が見えなくなったので、多分子犬と一緒に保健所に連れて行かれたのだと思います。)

あの時、お茶々を避妊していれば…

…この事は私の心の中に今でも重くのしかかっています。


もう二度と動物と暮らす事はないと思っていました。


しろちゃんが亡くなって、10年経ちました。


いつしか猫ブログを見るようになり、毎日見るのが楽しみになっていました。
TNRや保護活動の事を知ると「あの時、こうしていれば…」と後悔ばかりが残ります。

ある日、娘②が「譲渡会に行ってみたい」と言うので2人で行きました。
私たちが行った時には既に里親は決まっていて、何気なく周りを見ていたら、くぅの元親様から
「他にもまだ2匹いるんです。次の譲渡会に連れてきますけど、どうですか?」と言われました。
…そしてくぅの里親になりました。契約する間、責任の重さをひしひしと感じました。


無責任な優しさの犠牲になった6匹の子犬たちの為にも、くぅ達は何があっても最後まで暮らしたいと
思いながら過ごしています。

今の私はあの時とは違うのだから。
Posted by ぽぴぽん
 
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